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ラジオ福島

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番組ブログ

番組名:つながroom Five

2022.09.17(土)つながroomFive 9月17日(土)放送「ちょんまげ隊長ツンさん①」

今回は、サッカーの日本代表の名物サポーターの“ちょんまげ隊長ツンさん”こと、
角田寛和(つのだ ひろかず)さんにご出演いただきました。

ツンさんは、震災以降、全国の被災地でボランティア活動をされていて、福島とも深い関りがあります。

Q 「ちょんまげ隊長ツンさん」という名前、とてもインパクトがありますね!!
 
サッカー日本代表を海外で応援する時に、日本のアイデンティティーってなんだろうと考えた時、(例えば、オーストラリアのサポーターだったら巨大なカンガルーを持っていたりとか、ノルウェーのサポーターだったら、バイキングの被り物を被っているといったような…)僕は、ちょんまげのカツラ、志村けんさんのバカ殿のカツラと甲冑で世界中を旅しています!

Q ツンさんが福島との繋がりを教えてください。

実は、僕、ボランティアって全くしたことがなくて。むしろ、“ボランティアって自己満足でしょ”といったアンチな、批判する側にいました。そんな僕が、震災が東北で遭った時、実家が千葉で靴屋を経営していたため倉庫には靴が売るほどあって。東北で避難している方々が“靴や着替えがない”と聞いた時、靴屋の靴を持っていこうと思って。そこで最初に訪れたのが宮城県でした。そこから色々な縁があり、2年間、週末はほぼ東北に通っていました。

ただ、福島の皆さんには本当に申し訳ないのですが、千葉から福島を通って宮城に通っていたのに、一回も福島で下車しませんでした。今、ボランティア活動について講演会なども行っていて、福島について伝える立場なのに、当時の自分は稚拙だったと反省しています…。当時は、福島でボランティア活動をしたとして、もしかしたら放射能を持ち帰ってしまうのではないかと、僕には小学生の娘がいたので余計に怖いと思ってしまいました。
でも、2013年に、ボランティア仲間から“南相馬市の子供たちによるマーチングバンド(SEEDS+)が東京でコンサートをするので観に来ないか?”と誘われ観に行ったんです。
当時、SEEDS+は小学生の子供たちが演奏していたのですが、上手な演奏に号泣してしまって…。福島へボランティアに行けていない後ろめたさもありましたが、そこで想いが固まって、遅ればせながら2013年からSEEDS+の子供たちを支援しようということで、福島へ通うようになり、映画を作るようになりました。


Q 映画の話が出てきましたが、前回の放送にご登場いただいた中村和彦監督が撮影された「MARCH(マーチ)」というドキュメンタリー映画のことですね。このSEEDS+が主人公の映画を撮るきっかけになったのが、ツンさんだったのでしょうか?
 
そうです。罪滅ぼしではありませんが、“子どもたちに放射能とか気にしない青い空を見せてあげたい、緑の芝生の上で演奏をしてもらいたい”と思いました。スポーツの試合の前座で、動きがあるマーチングバンド演奏出来たらいいなと思って!
そこで、人脈を生かして、全国のサッカーJリーグのサポーターにお願いをしてJクラブチームに当たってもらいました。そんな中、受け入れてくださったのが、愛媛県の愛媛FCでした。愛媛FCに子供たちを全員招待していただき、試合の前座やハーフタイムでSEEDS+の演奏を披露しました。そうしたら、会場のサポーターの皆さんが“みなーーみそうま!!!!”とコールしてくれたんです。それがもう鳥肌が立つくらい感動して、子供たちも全員泣いていました。「この感動を多くの方にどうやったら伝えられるかな」「みんな、福島に無関心じゃないよ」と、エールを送りたいと考えた時、映画を作ろうと思ったんです。
それから、尊敬している中村監督に、1,2回しか会ったことがありませんでしたが、監督の元へ行き土下座して、“お金は払えませんが、福島のためにチカラを貸してください!!”と言ったら、中村監督が「僕も何か福島のためにしたいと思っていました。何もできていないので、僕でよければ手を貸しますよ。」とすぐにOKしてくれました。プロの監督ですし、お金が払えないとなると門前払いされると思ったら、承諾してくれて、いい方なんですよ~!!


Q 素晴らしい方ですね!ツンさんも、全国のサポーターにお願いしたり、無理を承知でプロの映画監督にお願いしに行ったりと、行動力が凄いですし、度胸がある方なんですね!!
 
そういうところがちょっとあるんですよ~(照笑)自分の為ならだらしないのですが(笑)サッカーのサポーターって、チームだったり色々な方を支えることが好きな人が集まっているんだと感じています。


もはやプロのサポーターですね!!色々な面で多くの方を支えていらっしゃるツンさん。次回も登場していただきます。

2022.09.13(火)つながroomFive9月10日(土)放送「映画監督 中村和彦さん②」

今回も、障がい者サッカーなどのドキュメンタリー映画を中心に撮影されている、 
映画監督の 中村和彦さんにご出演いただきました。

Q 中村監督がこれまで撮影された作品について、ご紹介いただけますか。

障がい者サッカーについての作品が多く、例えば、肢体不自由の電動車いすサッカーや耳が聞こえない方が行いサッカーといった作品が多いです。

Q 私たちが気軽にネットで観られる、短編ドキュメンタリー作品もありますね。

そうですね、映画を1本作るのに時間もお金も掛かりますので、そういう短い作品も撮っています。


Q「Yahoo!Japan クリエイターズ」というサイトからみた動画に中村監督の作品が載っていて、それを観て感銘を受けて監督に番組への出演をお願いしました。
私が最初に観た作品が、精神障害を抱えたフットサル日本代表選手のドキュメンタリーでした。中村監督が、撮影・編集・インタビューなど全てお一人で作られたのですか?

そうですね。そのフットサル選手は、自閉症やうつ病など色々な精神障害を抱えています。「Social Football」といって、色々な精神障害を抱えている人たちがやっているフットサルがあります。彼はそこで社会復帰するためにフットサルをしていました。その彼が、自閉症の子供たちにフットサルを教える教室を始めたので、その様子を収めた短編が撮れないかと思いました。当時、彼は大阪、自分は東京に住んでいたため、カメラを担いで大阪に何度も通って作品を作りました。

Q 作品を観て、出演者の自然な表情、ありのままの姿が映っていたことに感動しました。主人公は精神障害があるため、時折不安定になることもあるのですが、そういった自然な“人の素の部分”も映像に映し出されていました。監督と出演者の信頼関係が築かれていないと撮るのが難しいのではないでしょうか。

カメラを向けて何か変わっている事があれば、そういう部分は映像には使わないので。連続して撮っているとカメラの存在を気にしなくなってきますし。彼は、自閉症スペクトラム症といってコミュニケーションがなかなか上手くいかなかったりするということですが、子どもたちを教えて順調にいっていることもあれば、トラブルがあって上手くいっていないという部分もあります。自然な形で両面を描きたいと思い、映像にまとめました。
 
Q どのくらいの期間で撮影されたんですか?

4カ月間に渡って何回か大阪に通いました。

Q 制作された動画の長さは10分位ですが、4カ月もかけて作られたんですね。
 
フットサルスクールといっても全然ボールを蹴ることが出来ない子がいるようなところです。そこに一回だけ行っても分からない、たまたまの一回だけ撮っても分からないと思いました。そこで、3回くらい同じスクールに通い、何回か通ったという流れになります。

Q いいモノを撮るには何回も通うのが大切ですよね。

中村監督が、映画を撮りたいと思ったきっかけは、どんなことからだったのでしょうか。
学生の頃上京したとき、周りに映画座がありまして、浴びるように映画をみました。そこで、映画の作り手側に回りたいと思い、最初はドラマなどのフィクションの映画の助監督をしていましたが、サッカー好きが高じてサッカーのドキュメンタリー作品を撮るようになりました。

Q 今は監督のお仕事のみで、生活されているんですか?

その時によって異なりますが、資金が足りなかったり大変な時期は、他の仕事をすることもあります。これまでですと、重度の肢体不自由者が行う「電動車いすサッカー」の選手が主人公の「蹴る」というタイトルの映画を作りました。その時は、選手たちのことを深く知るために、介護の資格をとって介護の仕事をしたこともありました。もちろん、色々やらないと食べていけないという部分もありましたが…。

Q 他にはどんな作品がありますか?
 
今も色々撮影している映画がありますが、障がい者サッカー、あるいはサッカーに限らず、色々な障害の方々の映画を描きたいという想いはあります。他にやる人がいないことをやるしかない、そんな想いです。


中村監督の作品は、ドキュメンタリー動画を掲載している
「Yahoo!Japanリエイターズ」で“中村和彦監督”と検索していただくと観ることができます。また、ドキュメンタリー映画はDVDも販売しています。
ネットで気軽に見ることもできますので、ぜひ興味を持たれた方は検索してご覧になって下さい。

2022.09.03(土)「つながroomFive」9月3日(土)放送分「映画監督 中村和彦さん」

今回は、南相馬市のマーチングバンドにスポットを当てて映画を制作された、
映画監督の 中村和彦さんにお話を伺いました。

中村監督は、南相馬市のマーチングバンド「Seeds+(シーズプラス)」のドキュメンタリー作品を撮影されました。
「Seeds+(シーズプラス)」は、震災前、原町第一小学校マーチングバンドとして、全国大会の常連校でしたが、震災後、避難するメンバーも多く活動できなくなってしまいました。
それから数年後、Seeds+が活動を再開したということから、中村監督は、その様子をドキュメンタリー映画作品にされました。
映画には、Seeds+が2015年に愛媛県を訪れ、プロサッカーチーム・愛媛FCの試合の前座で演奏した感動的なシーンが写されています。映画を撮影された中村監督のインタビューです。

Q中村監督は、ドキュメンタリー映画を専門にされているのでしょうか?
昔はフィクションの映画を撮影していましたが、今はドキュメンタリー映画のみですね。
元々サッカーが好きで、サッカー日本代表のDVDの仕事(W杯予選やアジアカップなど)をするようになり、その中で障がい者サッカーにも日本代表があることを知り、障がい者サッカーの日本代表のドキュメンタリー映画を作るようになりました。サッカーから日本代表に入ってきた流れです。

Q中村監督と福島の繋がりは?
それもサッカーの繋がりがきっかけで、南相馬市に「Seez+(シーズプラス)」というマーチングバンドがあって、2015と2014年に、そのマーチングバンドが愛媛FCに招かれて、試合前に演奏するということがありました。
“その話を映画にしてくれないか”と、サッカー繋がりで交友がある“ツンさん”という方に頼まれたのが映画を作ったきっかけとなりました。
 
Q映画のタイトルは?
タイトルは「MARCH」。マーチングバンドのマーチ、3月11日の「MUCH(3月)」、また、「前に進む」という意味も込められています。

Q南相馬市のマーチングバンド「SEEDS+」の皆さんは、震災で大変な思いをされていましたね。
東日本大震災や原発事故の影響で、県外に避難したメンバーもいて、遠くは福岡まで避難した人もいました。色んな子供たちがいましたが、段々と気が進むにつれて集まって、過去の映像をもらったりしてまとめました。

Q監督は福島に通われたんですか?
10回ぐらい通って撮影しました。2015年当時ですから、富岡や浪江だったり、そのまま残されているような場所もあって、その時点で5年以上経っているけど、全然手つかずのような風景が残っていました。最初は結構驚いて、きちんと撮影しなくてはいけないという想いを新たにしました。
最初はもっと短い期間で作ることができると思っていたのですが、思いを聴いたり風景に接したりすることで、きちんと向き合って撮影しなくてはいけないという気持ちになりました。

Q映画の最後のシーンで、震災の爪痕の様子や復興へ向かう前向きな街並みなど両極端な映像が写されていましたが、どんな想いを込められたのですか?
映画の最初の部分では、街の爪痕が大きかった場所の様子を写して、後半はサーフィンや相馬野馬追が再開されている映像を並べました。現実に起きたことも描きつつ、その後の復興している様子も描きました。
SEEDS+が愛媛FCとセレッソ大阪の試合の前座で「RPG」(セカイノオワリの曲)を演奏している様子も撮影しました。その時に、サポーターからはチーム名のコールがあるはずだったのですが、その時は、SEEDS+へ向けてサポーターから“南相馬コール”が沸き起こりました。


感動的なシーンもありましたね。観ていて温かい気持ちになりました。
(次回へ続く…)

2022.07.24(日)2022年3月5日(土)放送「いわき自転車文化発信・交流拠点ノレル?」メカニックマン 梅澤 和功さん

今回は、いわき自転車文化発信・交流拠点ノレル?の メカニックマン
梅澤 和功(うめざわ かずよし)さんにご登場いただきました。

収録の日、梅澤さんは「自転車のチューブ交換のための講習会」の準備をされていました。自転車に乗っていてパンクしたらどう対応するか?という内容の講習。

Q NORERU?はどのような施設なのでしょうか?
 概ねコミュニティースペースだと思っていただいていいのですが、コミュニティースペースの中に、自転車屋さんの機能が入っているようなイメージの場所です。
 フロアとしては、オフィスルーム、スタッフが常駐しているメカニックルーム、勉強や仕事ができるワークスペース(こちらでは、いわきFCの選手も一生懸命勉強している姿も時に見られます。)それから、畳の部屋「インクルシブルーム」は、いわき産の杉材が使われているので、その魅力を存分に楽しめます。ぬいぐるみやカードゲームなども置いてあるので、親子連れの方が多く利用しています。
 
Q 施設はいつできたのでしょうか?また、どんな目的で建てられたのでしょうか。
 2021年11月に完成した施設です。いわきは、雪の心配も比較的なく、年間を通してサイクリングが楽しめる環境のほか、海岸沿いに長浜サイクリングロードがあるので自転車を乗るにはもってこいの環境。ですが、自転車屋が少なく、自転車に乗っていてトラブルが起きた時に対応しずらい場所でもあります。そのための一助になればと思い、施設を立ち上げました。

QいわきFCが拠点としている「いわきFCパーク」の中にありますね。
 はい、ちょうどノレルが入っている施設の3階に、いわきFCカフェがあります。

Qノレル?の名前が特徴的ですが、どんな想いが込められているんですか?
 「ノレル?」のクエスチョンマークが名前に入っていると、疑問に思って調べていただけるきっかけになりますよね。インパクトがある名前にするために「?」を入れました。
あとは、“自転車が乗れるのだろうか?”という疑問が湧いてくると思うのですが、出来ないことをその時の問題を解決する為のお手伝いがしたい、そんな願いを込めました。

Q 梅澤さんは、具体的にどんなお仕事をされているのですか?
 自転車のメンテナンスや修理・相談など、自転車について全般を担っています。ママチャリからスポーツタイプなど、幅広い自転車に対応しています。

Q 価値のあるものとして、どんな自転車がありましたか?
 施設には、パラリンピックで実際に使った自転車が置いてあります。元々、日本パラサイクリング連盟で働いていたので、その繋がりで海外のチームとも仲良くなり、物々交換した自転車が飾ってあります。

Q ノレル?では、地域との繋がりも大切にされていると伺っています。
「補助輪外し教室」をやっていまして、「これから補助輪を外したいけれど、どうやって教えたらいいのか分からない」という皆さん向けに“ちょっとしたコツを教える活動”をしています。また、いわき競輪場で自転車に乗れるようになるイベントも行っています。

次回へ続く…

2022.02.26(土)「つながroomFive」2月28日(土)放送 大内宿「三澤屋」 二瓶 博子さん

「つながroomFive」2月28日(土)のゲストは、
下郷町 大内宿にある名店「三澤屋」の二瓶 博子さん。
高遠そば(通称・ねぎそば)で有名な「三澤屋」の魅力について伺いました。

大内宿といえば、景観が素晴らしいですね。今の周りの景色はいかがですか?
二瓶さん)
大内宿は夏の景色も素晴らしいのですが、冬の昔話に出てくるような景色が見られます。
茅葺屋根の上に、こんもりと丸いシルエットで雪が乗っかっている。まるで絵で描いたような景色です。

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