福島県の復旧・復興に向けて頑張っている人やグループの方々にご出演頂き、今個人や地域が抱えている課題を深く探っていきます。また、リスナーの皆さんとのコミュニケーションを図りながら、地域や人の「絆」をつないでまいります。是非お聴きください。尚、番組限定でUSTREAMでの同時配信も行います。

●パーソナリティ 大和田 新 Arata Owada
●アシスタント 八木志芳 Shiho Yagi


12月10日(月)放送分

ゲストに警戒区域の浪江町出身のシンガー・門馬よし彦さんとRIEKO (理恵子)さんの2人を迎えてお送りします。テーマは「あなたに、ありがとう」。

最初の「ありがとう」は、テノール歌手の本田武久さんへ送ります。 特殊なガンと闘っていた、テノール歌手の本田武久さんが天国に旅立たれました。
最期まで見守ったヒロさんからのメールです。

★先程ブログで告知させて頂きましたが、11月28日(水)14時32分、本田さんが永眠致しました。 お世話になった方々へは大変申し訳ないと思いましたが、葬儀も告知も、全て本人の意志を尊重して行なわせて頂きました。 ご連絡が遅くなりましたことをお詫び致します。 今年も12月25日を何とか迎えられたらと願っていたのですが、とても残念です。 だけど最期まで本当にがんばっていたので、ゆっくり休んでもらえたらと思っています。 これまで本当にお世話になり、ありがとうございました。 12月25日は何か企画されましたでしょうか? 伺うことは難しいのですが、何かお力になれることがありましたら、ご連絡ください。 でもいつか、須江さんと伺いたいと思っていますので、その時はまたよろしくお願い致します。 本格的な冬が始まりそうですね。 どうぞお身体ご自愛ください。

★本田武久さんは最期まで生きる事を諦めませんでした。 ラジオ福島主催の「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」への募金を始め、コンサートを通し、福島県への支援活動を続けてくれました。 その本田武久さんが、数ある復興・復旧ソングの中で、門馬よし彦さんの「願い」を選び、自らのブログでも紹介してくれました。 12月10日(月曜日)は、門馬よし彦さんが心を込めて「願い」と本田武久さんの回復を願って作った「秋の風の中」を歌います。

★同じく浪江町出身のシンガー、RIEKO さんが「月曜Monday 」で、初めて歌います。
★RIEKO さん(22)は、浪江小、浪江東中、双葉翔陽高校卒業後、栄養士を目指して東京の専門学校に進学しました。 3・11は東京のアパートで体験。 福島の家族とは1週間連絡が取れませんでした。 やっと連絡が付いた兄からは「両親にはまったく連絡がとれない、お前も覚悟しておけ」と言われました。 幸い浪江の家族は無事でした。 11月初め、父と2回目の1時帰宅を果たしました。 RIEKO さんの自宅は、津波の被害は無かったものの、背丈を越えたセイダカアワダチ草に覆われ、玄関にたどり着くのにも苦労しました。 室内は動物の糞で溢れ、異様な臭いにつつまれていました。 悔しさで、涙も出なかった。帰れないと思いました。 帰りに、津波で壊滅的な被害を受けた、請戸地区に足を伸ばしました。 港に通じる道路は寸断され、車は大きく揺れながらやっと前に進みました。 港の建物に漁船が突っ込んでいた。 変わり果てた故郷の景色に言葉も出ませんでした。 しかし、潮の香りが嬉しかった。 一瞬、アワビやホタテ、美味しいホッキ飯など、故郷の味が思い出されました。 かろうじて立っている請戸小学校の校舎に入った。若い女性体育教師の誘導で、児童全員が助かった事を父から聞いてホッとしました。 教室の黒板には、「頑張ろう浪江、頑張ろう請戸」のメッセージが書かれていた。 震災後1時帰宅した地元住民の、故郷を思う熱い心に、はじめて涙か溢れました。 そして、心から浪江に帰りたいと思いました。

★次の「ありがとう」は、全盲のマラソンランナー・星純平さんと、佐藤敦之選手に送ります。 全盲のマラソンランナー、福島市の星純平さん(37)が12月2日(日曜日)、南相馬市で行われた「野馬追いの里健康マラソン」のハーフ部門に出場、83分台のベストタイムを記録しました。 星純平さんの伴走を務めたのは、北京オリンピック男子マラソン代表の佐藤敦之選手。 佐藤選手は1週間前に、大阪マラソンに出場したばかりでした。 スタートの前に佐藤選手は星さんに、「楽しく、激しく、目標の84分台を目指して走りましょう。給水なんかしている暇はありまんよ」とユーモアを織り交ぜながら、気合いを入れていました。 レース終了後、星純平さんは、 「83分台の好タイムを出せたのは、佐藤敦之選手を始め、これまで私を支えてくれた多くの皆さんのお陰です。本当にありがとうございました。来年の4月に行われる 「霞ヶ浦盲人マラソン」では、最大の目標であるサブスリー(フルマラソンを3時間を切る)達成を目指します」と涙ながらに力強く語ってくれました。 佐藤敦之選手に初伴走の感想を聞きました。
「純平さんの頑張りには脱帽です。純平さんがおっしった『走る事より、目の見えない事の方が、ずっと苦しく大変です』その言葉の意味をいつも考えています。 星純平さんはマラソンを始めてまだ3年。まだまだ、強くなれると確信しています。 これからも、一緒に頑張って行きましょう。私も来年の世界陸上を、さらにはその先のリオを目指して頑張ります」と話してくれました。 星純平さんと佐藤敦之選手は、固く握手を交わし再会を誓っていました。 それぞれの夢の実現の為に、頑張って下さい。

★写真は、スタート前の佐藤敦之選手と星純平さん。
そして、地元小高出身でトヨタ自動車九州の今井正人選手。(初代山の神の自宅は、津波の大きな被害にあっている)。
もう一枚は、星純平さんの完走証書を持つ、純平さんの美人の奥さん。 とても恥ずかしがり屋さんです。

★全盲のマラソンランナー星純平さんのからのメールを転送します。 ハンデを乗り越えて挑戦する姿に、感動を覚えました。

〓〓〓 ★視覚障がい者ランナーの星純平です。 日頃は、ラジオ福島をお聞きの多くの皆様から応援をいただきまして、誠にありがとうございます。 視覚障害者となり閉鎖的な日々を送る中、多くの方々のご支援を頂く事で、マラソンと言う世界を体感しています。 ただの一市民視覚障害者ランナーと思って走ってきましたが、ラジオ福島の大和田さんとの出会いで、ラジオ番組にて熱意を持って取り上げて頂きました。 その影響によって、多くの方々から応援をしてもらう事になりまして、心から感謝しています。 その反面、戸惑いもありますが、光を失い、気持ちを閉ざす日常から少し 解放されたような喜びを実感する今日この頃です。 自分自身の運命と戦う一つの形として今、マラソンと向き合ってゆきたいと思っています。 今後とも、温かいご声を宜しくお願い致します。

★12月2日(日曜日)に南相馬市の「野馬追いの里マラソン」へ出場してきました。 種目はハーフマラソンです。 伴走をしてくださったのは、オリンピックランナーの佐藤敦之選手です。 敦之選手には今年の9月16~17日に檜原湖1周30kmをメインとした合宿をしていただき、2日間で64kmを伴走者としてトレーニングくださいました。 福島の現状にあって敦之選手は復興の一助と精力的にご活躍され、ご自身も更なる目標に向かい現在も努力を重ねています。 そのような多忙な毎日をおくる中で僕の伴走をお引き受けくださいましたこと、心から、感謝しています。 ★開催地の南相馬市は絶好のマラソン日和。 「スタート5分前」のアナンスを聞きその瞬間を興奮と不安の中で待っている時、「純平さんスタートラインの一番前に並んでいるからね」と大和田アナウンサーの声。 緊張が跳ね上がりました。しかし、それが心に集中を呼び込む切っ掛けとなりよいスタートが切れました。

敦之選手が僕の実績から84分を目標タイムに設定しました。 かなり高い目標です。 敦之選手は、視覚障害者への初伴走でしたが、僕が走りやすいように伴走のイメージを重ねてきてくださったようです。 コーナーの支持や路面状況を絶えず大きな声で教えてくださいました。走りながら大きな声を出し続けるのはとても大変な事です。 ですからとても安心して走る事ができました。 沿道からは「敦之選手、野馬追いの里を走りに来てくれて、ありがとう」と、温かい歓迎の声が絶えませんでした。 敦之選手の人柄を南相馬市民は敬意をもって迎えていました。 ラスト2km、佐藤敦之選手は「ここからは鬼になって伴走します」と、真剣に僕を更なる世界へ導こうと檄が始まりました。 その情熱に応えたいと、僕も必死で走りました。 ゴールタイムは83分17秒!!  大幅な自己ベスト更新です。 視覚障害と向き合うために走ると言う思いから、視覚障害を持つ競技者として挑戦すると思いを変えたレースで、今後の目標につながる成績を出せたのはとても嬉しく自信となりました。

★本大会も、伴走をして下さいました佐藤敦之選手をはじめ、多くの方々のご支援により、走らせていただきました事、心より感謝申し上げます。 引き続きのご支援ご声援をよろしくお願いいたします。 本当にありがとうございました♪ 星 純平


「月曜Monday (もんだい)夜はこれから」は、月曜の夜7時から9時までの2時間の生放送。 ユーストリームを通して、映像と音声を世界中に発信しています。 県外の方は、パソコンでお聴き下さい。